手の平の記憶



※年齢操作未来捏造です。
乱太郎が怪我してます。
苦手な方はご注意下さい。

















































掘っても掘っても、彼の人の腕は出ず、私は自身の心に焼き付いた、

あの手の感触を思い出しては泣くのです。





卒業して、もう五年も経った。
私はフリーの忍びとしてこの五年を生きて来た。
幸いというか何と言うか、学園で共に過ごした級友や先輩や後輩達と敵としても味方としても会うことは無く、汚れた仕事も熟しては来たが、なんとも平穏な、五年間だった。

「あ」
「…あ」

峠の茶屋で休んでいたら顔を見るなり声を上げられた。
普通卒業したら、顔見知りを見付けても声を掛けない事が鉄則だ。
そんな暗黙の了解を無視して、私を指差したのは三つ下の後輩だった。

「お久しぶりです、隣…良いですか?」
「…いいよ」
では失礼します。と笑って隣に腰掛ける乱太郎は、昔と変わらずのほほんとした雰囲気で、変わったことと言えば私の在学中肩までだった橙の髪が、腰まで伸びているくらいだろう。
同期の髪結いが見たらさぞかし興奮するだろうと思った(あの人は昔から彼を溺愛していた)。
ふと気付けば乱太郎が団子を二皿頼んでいたようで、一枚を私に差し出す。
「再会祝いに」
「どうも、…君、相変わらず変わってるね」
「あはは…」
褒めている訳ではない事は伝わった様で、乱太郎は曖昧に笑った。

「先輩も…相変わらずそうですね」
乱太郎が私の腰掛ける隣にある踏鋤を見て言った。

「まあね」
事実は事実なので、私は乱太郎に貰った団子を頬張り答える。
私が食べるのを確認すると、乱太郎も自分の皿に手を伸ばす。

(…何か、妙だ)
ふと、乱太郎を見つめて私は思う。
しかし何故かすぐには気付けなかった。
「んー美味しい」
笑顔で団子を食べる阿呆面は昔と変わらない。
しかし、ほんの少しの違和感。

(何故右手を使わない?)
思えば乱太郎は先程から左手しか使っていない(酷く不便そうにも関わらず)。
私に声を掛けた時、店主から団子を受け取る時、私に団子を渡す時、そして今、団子を食べる時。
違和感は、初めからあった。

(…そもそも右手は、あっただろうか?)
今先程の再会の記憶があやふやだ。
元々私は興味のないものは良く見ない。

「ねぇ」
がしっと乱太郎の右肩を掴み、こちらを向かせる。
「君、右腕…どうしたの?」



乱太郎の右腕は、肘から下が付いていなかった。



「え?ああ、切られちゃいまして…戦で」
私の突然の問い掛けに、初め乱太郎は意味を理解しかねるような顔をしてから、思い付いたように笑って答えた。
なんてこと、ないかのように。

「は、だって君は何時も…」
君を想い慕う者達に囲まれて生きていたじゃないかい。
何故君が右腕を失わなければならなかった。
何故誰も君を守らなかった。

私は昔から他人が好きではなかったから、人が多い所は避けて通った。
常に人が溢れるこの子の周りなんて当然、好き好んで近寄り等しなかった。
興味はなく、当然愛や憎しみもない。
私は乱太郎に感心などなかった。

なのに、これはなんだ。

何故、こんなにも胸がざわつくのだ。
何故、こんなにも怒りとも悲しみとも付かない感情に支配されているのか。

何故、私は乱太郎を抱きしめているのか。

「あ、あの…綾部先輩?」
「痛い?」
「え?」
「腕、」
「あぁ…いえ、大しては」
雨の日だけは、まだ少しだけ。
そう呟く彼の表情は私の胸の中に埋もれて見えない。

「どこで?」
「えっと…」
「何処に置いて来たの?」
私は自分でも何を聞いているのかよく分からなかった。
ただ、知らなければいけないと思った。

「場所は確か…****で」
「そう、置いてきたんだろう?」
「えぇ、拾う余裕も、拾ってどうにかなるとも思わなかったので」
「…」
場所を聞いて、私は乱太郎を離して立ち上がる。

(くっつく、くっつかないは関係ない…君の手が野ざらしなのが問題なんだ)
知識のある者は結果論ばかりを重んじる。
私が思うのはそんな事ではない。

「ごちそうさま、じゃあね」
「え、あ…綾部先輩?」

困惑顔で私を見送る乱太郎を置いて、私は踏鋤を肩に掛け歩き出した。



(綾部先輩、)
(綾部先輩…)
昔、私のタコ壷に落ちたあの子を、一度だけ引き上げた。
基本的に罠に嵌まった他人を助けることなんてしない。
ましてや、あの子が私のタコ壷に落ちるのなんて日常茶飯事で、一々助けても切りがないのだ。

『うわっ!』
バスンっ!
『うぅ…痛い』
掘ったばかりの穴の脇で、何の気無しに(ただ疲れたから)私が昼寝をしていると、見事にストンと誰かが落ちた。
まだ罠らしく細工もしていなかったのに。
仕上げる前に落ちるなんて、なんて迷惑な。
そう思い、むくりと起きた私は恨み言を言ってやろうと穴の中を覗き込んだ。

『…また君か』
『またってそんな…』
好きで落ちてるんじゃないですよ…と肩を落とすのは、歴代保健委員の中でも伝説を更新しまくっている三つ下の後輩、乱太郎だった。
『しかし、えらく今回は深いですね』
『自信作になる予定だったからね』
深さと更に細工を加えて、中々這い上がれない様な落とし穴を作る予定だったのに。

『はぁ、君のせいで台なしじゃないか』
『はぁ…すみません』
なんで私が…と、ぶつくさ言うのを聞き流しながら、私は気まぐれに穴の中へと手を飛ばす。

『え、あ…綾部先輩?』
普段私からこんな風にされたことがないからだろう、乱太郎は困惑気味に私の顔を見上げる。
見上げた顔は土で汚れていて、少しだけおかしかった。
『…出るの?出ないの?』
『でっでます!』
パシリと音をさせながら、しっかりと掴まれたその手は、思っていた程温かくもなく、かと言って冷たくもなかった。

(私と、同じくらい)

自身と同じくらいの温度、境界は無くまるでそこから溶けて一つになってしまう様な、不思議な感覚(物理的にありえない事等わかっている)。

『ありがとうございました』
引き上げた時に向けられた眩しい笑顔に、私の胸は少しだけ高鳴ったのだ。





ザッ
ザクッ、
ザッ…

そこにある土を片っ端から掘り返した。
もう大分時間が経ってる(聞けば戦が起きたのは一年以上前だと言う)。
それでも私は探していた。
彼の腕を。
置いて来たというあの腕を。

ザクッ、ザッ…

土を刔る音だけが響く。

(私は、何処かおかしくなってしまったんだろうか)
不意に自身に問い掛ける。
(見付かるわけがない、わかっているだろう)
戦場だったその場所は、遺体も残骸も全て片付けられて綺麗なものだった。
きっと乱太郎の腕も一緒に片付けられてしまっただろう。
(あるわけがない、見付かる訳がない)
分かっている、しかし諦め切れないのだ。

(あの手の感触が消えない)

だって同じだったのだ、私と、私の手と。
だもの忘れる訳がない。
焼き付いて、離れない、痕のよう。

「何してるんですか?」

呆れた様な、少し苦笑混じりに話し掛けられて私は顔を上げる。
「…」
乱太郎が、立っていた。
「こんなところにまた、森でも作るんですか」
「…まぁね」
いつかのきり丸の森の事を言っているのだろう。
ちらりと視線をやってから、私はまた作業に戻った。
「…ありがとう、ございます」
「…は?」
唐突にお礼を言われて、私は顔を上げる。
お礼を言われる筋合いはない。
「…いえ」
乱太郎は笑った。
「…」
私は踏鋤を置いて腰を下ろした。
足を伸ばして、天を見上げる。

「ふぅ」
「はは」
一息つくと、乱太郎が笑って私に水筒の水を差し出した。
「何」
笑われる筋合いもなくて、私はまた乱太郎に睨むように視線をやり、水を受け取った。

「相変わらず優しいな、と思って」
「…」
何の話か全くわからない。



しかし、向けられた笑顔こそ優しく、私の胸に焼き付いて離れない痕が綺麗に治されていくのを感じた。

(…あの手が無くても、)
(生きているなら、いい)

(それで、いい)






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言い訳

グダグダですみません…(土下座
ツン綾部です←
エセですみません…

此処まで読んで下さって本当にありがとうございました!