欲しいもの



人のものを欲しいと思ったことってあんまりない。
自分の努力次第でたいていの物や知識や技術やその他諸々は、自分のものに出来たし、事実ものにしてきた。

誰か他人がそいつだけの「特別」を持っていたとしても、今までそういうものを欲しいと思ったこともない。

だから欲しくても手に入らなくてひたすら焦がれるなんて感覚、俺には今まで理解出来なかった。





「らーんたろー!!」
ついさっきまでけだる気に人の宿題を写していた鉢屋が、窓の外をちらりと見た瞬間、気持ち悪い程に頬を緩ませ、窓から上半身をはみ出させて、あの子の名を呼びながら手を振っていた。

「あ!鉢屋先輩ー!」
窓際にいない俺からは見えないが、どうやらあの子は気付いたようで鉢屋に返事をしていた。

「何してんのー?」
「補習ですー!」
元気で明るいその返答に俺は思わずガクッと頬杖を崩す。

「じゃあ怪我しないように頑張れー」
「はーい!ありがとうございますー!」
窓の外に向けて再びヒラヒラと手を振ると、至極満足そうな顔をして鉢屋は俺の隣に腰を降ろす。

「あー…今日も乱太郎可愛いー…」
座った途端机にへばり付きデレデレゴロゴロと机の上で鉢屋が悶える。
正直キモい。

「お前写すなら早くしろよ」
「あ、わりーわりー」
そう言って素直に宿題を写し始める鉢屋に俺は言葉を失う。
(素直すぎてキモい…)
どんだけ上機嫌なんだよ…と思わず引くが、まぁ早く写して貰いたいことには違いないので黙っておく。

「お前本当に気に入ってるんだな、あの一年」
ぽつりと思ったままに呟けば、鉢屋は宿題を写す手も視線もそのままに、なんてことないように答える。
「気に入ってるってか好きだし」

…は?、それ…どういう意味で?
ふと疑問に思うがあえて深くはつっこまない。
「?…ふーん」
「つか既に俺のだから手ぇ出すなよ?」
「は?」
せっかく流したのに。
っていうか…

「お前…あんな子供に手ぇ出したの?」
「悪い?」
唖然として俺が問い掛けると、ちろりと鋭い視線を返される。

「悪い…てか、犯罪だろ」
俺が思ったままにそう返せば鉢屋は憮然とした表情で俺を見つめる。
「別に…無理矢理じゃないし、悪いことも疚しいことも何もしてない」
…あ、そう。
基本的に俺は本人が良いと思ってやっていることを一々否定しない。
相手は他人なのだから価値観が違うのは当然で、自分の価値観を押し付ける気は無いし、勿論俺の価値観を他人にどうこう言われても気にしない。
「…ふーん、相手嫌がってないんなら良いんじゃない?」
「ん」

そのあとは特にその話題に触れることもなく、ただボーっと鉢屋が宿題を写し終わるまで待っていた。



「サンキュー、助かった」
鉢屋が片手を挙げて俺に礼を言う。
普段こいつに礼を言われるなんて慣れてないから少し変な感じがした。

「おう」
俺も片手を挙げて答える。
今回は珍しく三クラス全部同じ宿題が出てたのだ。
鉢屋が俺のを写して、今度は不破と竹谷がそれを写す算段らしい。
因みに俺は三人から豆腐を献上されている為断れなかった。


鉢屋がろ組に帰った後、俺は一人ぼーっと窓の外を眺めていた。

鉢屋は最近変わったと思う。
雰囲気が前より柔らかくなった。
感情を良くも悪くも表にはっきり出すようになった。
良く、笑うようになった。

それはあの子を傍に置くようになってから、なんだろうな。
ふと、そんなことを思った。

あの子の何がそんなに鉢屋を変えたんだだろう。
人を好きになるってそんなに良いものなんだろうか。

自慢じゃないが俺はモテないわけじゃないから、何人かのくノ一教室の女子と付き合ったこともある。
でも結局面倒臭くなって別れてしまった。
他人に時間を拘束されるのは疲れる。

(そういうの、俺だけなのかな)

だとしたら俺はずっとそういう特別を作らずに生きていくのだろうか。
何だかそう考えると少しだけ寂しい気がした。



ガラッ



突然開いた扉に驚いてそちらを見れば、そこにはあの子が立っていた。
「あ」
「…どうした?」
何やら随分驚いたようですっかり固まっている(驚いたのは俺の方だよ)。

「あ、あの…鉢屋先輩…さっきまで、こちらに…っ」
特に何をしたわけでもないのに、何故か俺は下級生から怖がられる。
なんでも謎の威圧感を感じるらしい(前に伊助と三郎治に言われたことがある)。
乱太郎も例外ではないらしくそわそわと落ち着かない。

「鉢屋ならろ組に帰ったよ、多分まだ雷蔵達と一緒にいるから行ってみな」
出来るかぎり優しく言ったつもりだが、相手の受ける印象なんて俺が読み取れるわけがない。

「あ、はいっ!ありがとうございます!!」
途端に乱太郎は向日葵のような明るい笑顔を返してくれた。

(お、眩しい)

「あ!なぁ!」
くるりと踵を返しろ組へ向かおうとする乱太郎を呼び止める。
「はい」
きょとんとしながらも素直にこちらを向く乱太郎に、あぁ確かに可愛いな、と無意識に思う。

チョイチョイと手招きすれば乱太郎は疑いもせずにチョコチョコと俺の目の前までやってきた。
「はい」
俺が手を出すと乱太郎も手を出して、その手の平の上に俺は持っていた飴玉を(この前雷蔵に貰ったのだ)乗せる。
「あ…っい、良いんですか!?」
「うん、でも一個しかないからこっそり食べろよ?」
唇に人差し指当て「内緒」と言って俺が笑うと乱太郎も花の様にふわりと微笑む。

(うーん、癒される)
思えば下級生に物をあげたのって初めてかもしれない。
何故自分がそうしたのかも良くわからない。

「乱太郎は鉢屋が好きなの?」
唐突な俺の質問に、乱太郎は分かりやすく顔を真っ赤にしてうろたえた。
「えっ!いや…いえっその…えっと…………はぃ…」
俯いて小さな声で肯定を口にした小さな体。

「そっか、鉢屋の奴に酷い事されたりしない?」
「そんな!酷い事なんて!鉢屋先輩はいつも凄く優しいです!!」
先程までの照れは何処に行ってしまったのか、乱太郎は少し怒ったように身を乗り出し強い口調で俺の言葉を否定した。
そしてすぐにハッとして小さく「ごめんなさい」と呟いた。

「こっちこそ変な事聞いてごめんな」
再び俯いてしまった乱太郎の頭を優しく撫でる。

「あ、あの私そろそろ…」
遠慮がちに後退りながら乱太郎は上目使いに俺を見る。
「あぁ、引き留めて悪かったな」
俺が乱太郎から手を離すと、乱太郎はもう一度ニコリと笑って、
「飴玉、ありがとうございました」
と小走りにろ組へと駆けて行った。



「…」
俺はと言えば乱太郎の消えていった戸口をしばらく眺めてから、机に突っ伏して乱太郎を撫でた右手の感触を思い出していた。

(可愛い、素直、一生懸命、癒し系、柔らかい、暖かい)
あの子で連想出来る言葉をぽつりぽつりと思い浮かべる。

(いいなぁ…)
何がいいのか良くわからないけど、それでもいいなぁと思ってしまう。
撫でただけでこんなにも溢れるモノを感じるのなら、抱きしめたらどうなるのかな、とか、鉢屋はこの感覚も抱きしめた時の感覚も知ってるのか…と途端に自分の感情を理解してしまう。

(あぁ、俺…鉢屋が羨ましいんだ)

「手ぇ出すなって釘刺されたばっかだしなぁ」
少しだけワクワクとし始めている自分に気付いて、(俺って結構性悪だったんだなぁ)と天井を見上げた。




++++++++++
言い訳

意味不明ですみません…
片思い久々知が書きたかったんです←なってない

五年の中で1番無欲そうで1番貪欲なのが久々知であって欲しいなぁと思います。
真の無欲は竹谷で←聞いてない

此処まで読んで下さってありがとうございました!