名前



他人のものと自分のもの。
区別するのは当然だろ?
勝手に触られたり使われたりなんて…

絶対に堪えられない。



「しかしまぁ…よくやるよね」

きり丸が小銭の細い淵に、丁寧にいつ・どこで・いくらと記入するのを見ながら乱太郎は呆れたように呟く。

「は?何が?」

何が言いたいのかわからないとばかりに、きり丸が問い返す。

「それ。いちいち記入してたら疲れるし面倒でしょ?」
「あぁ、これか。いや別に?」
むしろ何故?とばかりにきり丸はキョトンと答える。

「そういえばきりちゃんて凄い几帳面に名前とか書くよね」
制服とか筆とか…あとあれやこれやと乱太郎があげていく。

「え、当たり前だろ?そんなの。乱太郎だって自分の物には名前書くだろ?」
「いや、それは書くけど…きり丸は一から十まで全部書くよね…って話」

だから何が言いたいんだと小首を傾げるきり丸に、別に悪いわけじゃないんだけどね、と乱太郎が苦笑する。

「だから当たり前だろ?これは自分のものだ!って書いとかないと、誰かに勝手に使われたりしたら嫌だし」
「うーん、そうだねぇ」

だんだんこの話題に興味がなくなってきたのか、乱太郎は図書室から借りてきた本に手をのばす。

「乱ちゃん、自分から話ふっといて…」
あからさまな乱太郎の態度にきり丸は怒るどころか呆れたようだった。

しんべえはすでに夢の中で、一度寝付くとてこでも起きない。
乱太郎はその横の布団に寝間着姿で横になっていた。
さらにその隣できり丸が銭壷を抱えている。
明日が休みだからか、いつもよりもゆったりと流れる就寝までの時間。

乱太郎はもう気にしていないようだが、きり丸はふと一人で思う。

自分のものを自分のものと主張しなければ、こんな世の中だ…いつ奪われてしまうかわからない。
別に学園の仲間達を相手に疑心暗鬼になっているわけではない。
幼いころからそんな経験を幾度となくしたせいで、もはやそれはきり丸にとっては当然の事なのだ。

物だって金だって。
大切な、人だって…

簡単に奪われてしまう。


そこまで考えきり丸は、はっとしたように顔を上げる。
大急ぎで自身の荷物を漁り、中から愛用の筆をとる。

「乱太郎、手ぇ出して」
「んー…手?…はい」
いきなりがさごそと騒がしいきり丸を横目に、本を読みながらうつらうつらし始めていた乱太郎は、眠そうに左手をきり丸に差し出す。

乱太郎に差し出された手を掴むと、きり丸は乱太郎の手の平に大きく自分の名前を書いた。
「きりちゃん…?何してるの?」
ぼーっときり丸の行動を眺めていた乱太郎だが、いきなり自分の手の平に落書きをされて文句を言わない者はいない。

「何って…名前書いたの」
「なんで私にきり丸の名前を書くの?」

きり丸はまたキョトンとしながら、やはり当然のように言う。

「乱太郎は俺のだから」

ようやく乱太郎は先程の会話と今のきり丸の意味不明な行動が結び付き、物扱いを怒るべきか、なんとも言えぬ幼く可愛い行動を笑うべきかしばし悩む。

「…はいはい」

考えて乱太郎は、呆れて笑うことに決めた。
「なんだよー、リアクションしろよー。淋しいだろー」
ブーブーと言うきり丸に苦笑しながら、乱太郎はまた「はいはい」と適当にあやし、もう寝ようと提案した。

「嫌だったか?」
布団に入るとぽつりときり丸が呟く。
「んー…なにが?」
乱太郎は既に半分夢のなかのようだ。

「名前、書いたの」
「…」
「乱太郎…?」

返事がないことにそわそわとしたきり丸が隣を見ると、半分所かしっかり夢の中のようだ。

「話の途中でねるなよなー…」

口を尖らせて小さく呟く。



でも乱太郎、嫌そうではなかったよな。
呆れてたけど笑ってくれたし。

眠かっただけかもしれないけど。


乱太郎はいつも、なんだかんだ言って俺を必ず受け入れてくれる。
優しい乱太郎。
俺だけにじゃないけど。

そんなところも含めて好きだったりするから余計に困る。

でも、だから絶対に他の奴には渡したくない。

乱太郎は俺のもの。



そう考えてにんまりと頬が緩むきり丸は、そのまま夢の中へとおちていった。



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オマケ(成長注意!)







「なんてこともあったねぇ…あの頃のきり丸は本当に可愛かったなぁ…その日以来毎日私の手に自分の名前書いたりさ」

五年生に進級したある日、唐突に一年の頃の事を思い出したのか乱太郎は笑いながらきり丸に話掛けた。

「あったなぁ…そんなこと」

今日も今日とてせっせと小銭への記入に余念の無いきり丸は、銭壷を抱えながらそう返す。

「そういえば四年の頃から、だよね?私に名前書かなくなったの…なんで?」

もしかして、私の事いらなくなってる?
少し不安そうに聞いてくる乱太郎に、きり丸はしばし考えてから…

「それ」

と一言呟いた。

「え?どれ?」

わけがわからず聞き返す乱太郎に、きり丸は寝間着のはだけた乱太郎の首筋を指差しもう一度言った。

「付けてるじゃん、いつも、俺のだって」

ニッと笑いながら顔を上げたきり丸に、乱太郎もはっと気が付く。

乱太郎の首筋に付けられた小さく赤いキスマーク。
きり丸の乱太郎への所有印。

「こっこれってそういう意味だったの!?」
「今更何を…」
知らなかったのか…と呆れるきり丸と、真っ赤になってうろたえる乱太郎。



今日も平和に夜は更けていく。







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言い訳

また無駄に長い。

きり丸はそういうとこきっちりしてそうだなぁ…
乱太郎にも自分の名前書いたりして「私は物じゃないでしょ?」って怒られてもニコニコして「でも乱太郎は俺のだろ?」とかラブラブしてればいいよ…!←とか、ニマニマ妄想してました(長い

相変わらずまとまりのない話ですみません!
読んで下ってありがとうございました!